2007年初夏、入籍して二週間でパニック障害とうつ病を発症。
引きこもり、リハビリパートタイマーを経て、フルタイム復職。
減薬とビジネスマンとしての自信を取り戻すべく日々奮闘中!
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早すぎる?死について
category: 想うこと | author: もんきち

 今日、嫁さんの友人の弟さんのお通夜がありました。
享年36。朝、起きてこない息子の様子をお母さんが
見に行ったところ、布団の中で冷たくなっていたそうです。

その死顔は寝顔そのものだったそうです。

ご結婚をされて、数年前に家も購入し二人の小さなお子さんも
いらっしゃる、働き盛りの男性の死に触れると
どうしても「早すぎる」というマクラコトバが浮んできます。

でも、何を基準に「早すぎる」と思うのか。
「遅すぎる死」なんて無いのに……

人の死の重さは、残された人の心に生まれる想いの重さに
他ならないと僕は思います。

「まだ若いのに……」
「小さなお子さんがいるのに……」
「もっと一緒に時間を過ごしたかった……」
「何でお前が……」

人はどこまでいっても「自分以外の人の死」しか
経験することはできなくて、その他人の死に触れたとき
自分にもやがて間違いなく訪れる死を思い、恐れを抱きます。

その時人は、他人の死を「運命」とか「短かったけど
精一杯生きた」とか、なんとか「言語」にして
自分の心のある部分に収納しようとする。
そうして「納得」することで、自分の死への恐れから
何とか逃れようとする。

そんな考えが頭の中を巡りました。

「いつ死んでもいいように生きる」
そんな重労働をしていたら、それこそ死んでしまいます。
「死とは何ぞや?」
その問いに対する自分なりの答えを持つことが
本当の意味で自分の死への恐怖から逃れる術なんじゃないか。
そんな風に思います。


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